このコーナーはあれこれ感じたことを「議員ブログ」として掲載します。
大統領の名演説から
(2006/4)
読んだ方もいると思いますが議員が、一読したい本をお進めいたします。
それは、「ヴァイツゼッカー大統領演説集」(岩波書店・絶版)(図書館にあるかも知れません)の中の「荒れ野の40年」です。
これはドイツの敗戦40周年にあたって、日本と同じ敗戦国でありながらも、終戦後も祖国を分断され故郷を追われ、ヨーロッパ各地で流浪の民となり不運の運命をたどったドイツ国民の歴史を、事実の認識をふまえて、深い倫理性にもとづき含蓄のある内容と格調高い文章で構成され、連邦議会(1985.5.8)で行った演説を収録したものです。
この中で最も有名な言葉は「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」です。後に多くの識者がこの格言を引用しています。
当時、この演説を聴いたドイツ内外の数多くの人たちから深い感動と共感を呼び、今でも世界で不朽の名演説として、歴史にその名を残しております。
この演説文を読むと指導者が歴史的事実を率直に認めることの大切さが理解できます。
また、つくづく政治家には高い精神性をも必要と感じます。
この演説文の文面上の表現力はともかく、その根底には深い思索にうらづけされた普遍性が感じられます。
(参考・岩波書店・ブックレットNo55「荒れ野の40年」定価504円、
TEL・049−287−5721・ブックオーダー係)
昔の思い出を振り返って考えることも一考 (2006/1/27)
議員生活19年の中であれやこれやと忙しさにかまけて、久し振りに書類や昔の書物を整理していたら、長いあいだ押入れに積み重ねられていた、私の高校時代の「生徒会誌」という年に1回高校で発行している文芸誌がでてきた。
なつかしいやら、また、高校時代の思い出がよみがえり何か「ホットな気分」になり少し若返った気持ちになりました。
というのは、当時、文学部にはいっており「雲」という詩集を部として発行していました。3年生の時に部長となり、学校祭ではクラスの有志に協力してもらい大きな模造紙におのおのが詩を書いて、教室にはりだし訪れる他校の女学生らに見てもらった 思い出があります。当時は流行歌の「高校3年生」がヒット中の時で我々世代の応援歌でした。
その「生徒会誌」に投稿し、掲載された「卒業生に送る」という意味をこめた詩をこの コーナーに掲載させていただきます。(昭和41年3月の発行)
古 里
遠くても、懐かしく わすれがたき、古里 森林と茂った、樹海。 深い樹木に固く、とざされた 谷間 源流の水しぶき 鳥の合唱、動物の声 神秘的な静けさ。 静寂された、夜 小さな幸福 小さく、はかない恋 そこに、夢がある、希望が ある、未来が、ある・・・・・ そして、年老いた、 父や母が、いる。 ・・・・・・・・ そこを去るとき、 母がくれた諏訪湖豆を、一粒づつ かみしめながら 出船の汽笛の音に、耳を傾ける いつしか、窓の、景色がゆらぐ ・・・・・・・ 紅葉に咲き乱れた若葉。 鮮赤色の曼珠沙華。 あざやかな桜 あすなろのこずえに のぼって、青春を歌ったこと 蛍の灯を追って、木の上で 寝た・・・・日々 忘れることのできない 小さく尊い、思い出。 汽笛が鳴りひびく 静かに離郷する さようならさようなら 黄昏に、日焼けした 赤い雲が 古里の空に、すじを つけていた 十八年育った土地よ 古里よ 永遠に変わることなかれ。
私としてはこの詩については冷汗のいたりですが、最近の株取引や耐震構造問題の事件を見るにつけ、正直に生きる大切さを改めて感じる昨今である。このような事件があるときやまた、自身が苦しい時など、そんな時には誰でも「古里」はあるのだから、四季おりおりの、あの緑豊かな風情を思い出すことも一考であろう。
人生では予想されない苦しさや、失敗等もあろう、時には、立ち上がれない程の苦悩もあるだろうが、その時に懐かしい古里を思い浮かべれば、自身を育ててくれた山河になんともいえない郷愁とともに、苦労した父母のことも思い出し、「あの当時に比べれば」という思いと「か゛んばっていこう」という希望や勇気がわいてくると思う。 そんな素朴な思いで、「青春時代のあれこれ」をふりかえって見ました。
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